2016年11月22日の稽古

 今日の稽古で、印象にのこったことは、最後に「初段の検定に行うわざ」を最後に、石川先生より教えてもらっていたときに、「緩みを使って技をかけると言うのは、力を全部抜くことではない。力をいれるのと、力を抜くのと、デジタルに2つしかないように捉えているように思うんだけど、緩みというのはそうではない。完全に力を抜くのではなく、力を抜いたまま動くことだよ。」と言われたことです。

 確かに、力は抜いて、弛緩しているのだけど、そこから力をいれないまま動き、そして、それを同じ速度で動くので、こちらは抵抗できない。なるほどと思って、

 「どうしたら、緩みのまま動けるようになるんですかね?」ときいたら、笑いながら、「無礼者。それをずっと練習しているんだよ」と言われました。

 自分が目指すべき動きの方向が、ようやく見えてきたような気がした。

 

 剣の練習では、素振りが、先生の剣を一瞬かすめることができたが、まだまだ動きを完全に察知されてしまう。「気に導かれて、剣が動く。剣に導かれて、体が動く。その逆なので、動きが察知されてしまう。これを神に随うと書いて「随神《かむながら》の道」という。宗教ではなく、剣を表す言葉です。」また、「中心軸を捉えて、緩みで振ること。」

 

 舟漕ぎの練習では、引く時に、体の軸を緩めて引く感覚が少し掴めた。

 

 臂力の練習は、左手のほうが、まだ少し決まるけど、右手がうまくいかない。相手を見て、中心軸を意識し、顔をつっこまないことを意識すること。

 

 等速で押すことも、臂力も、後ろ手を解いて三教にうつるのも、二教も、舟漕ぎも、素振りも、緩みが大切なのだな、と改めて思いました。

 

 来週は練習が休みなので、素振りは毎日しょう。

今日もよい稽古でした。ありがとうございました。